サードエイジとは(基礎)

長寿は先進国での先進技術と平和の賜物

 人生80年時代となり、何歳になっても若く健康でいたい、と誰もが不老長寿を願うようになりました。巷では若さの保持を謳った様々な健康飲食品やサプリメントが販売され、人気を集めています。

そもそも、若さとは何でしょうか。いうまでもなく、成熟期までの記憶力、体力、肌等の健全な状態です。一方、老いまたは老化とは、若さの逆、つまり成熟期より後の記憶力、体力、肌等の衰退を意味します。

成熟期は概ね20歳代までですから、人々はこの人生80年時代に30歳から80歳まで50年間もの長い期間にわたって若さを保持したい、と願っていることになります。しかし、当然ながら、50年間も完全に若さを保持し続けることはできません。できるのは老化の速度を緩めることです。

先進国では、平和医療科学技術の進歩のおかげでますます老化速度の緩和が可能となり、平均寿命が延びています。「不老長寿」ならぬ「徐老長寿」が先進国の特徴なのです。それは、紛争や医療・科学技術の発展途上のため、明日生きるための糧や命すら保障されないがゆえに、平均寿命が30歳代~50歳代という国や地域が今なお在ることからも明らかです。

ところが、徐老長寿が可能な先進国でも、高齢者は、健康で何不自由ない方々と、寝たきりや認知症等になっておられる方々とに分かれます。老年学では、前者をサードエイジャー、後者をフォースエイジャーと呼んでいます。こうした呼称は、人生が4つのエイジ(年代)に分かれ、さらに高齢期がサードエイジとフォースエイジの2つに分かれているという、サードエイジ論に基づきます。

サードエイジとは文字通り、3番目の年代ですが、そもそもなぜそう呼ばれるのでしょうか。詳細は、次の『サードエイジ論とは』をお読みください。

 

サードエイジ論とは

サードエイジ論(theory of the Third Age)は、イギリスのラズレット(Peter Laslett19152001)により1980年代に提唱されました。この学説は、人生の4つの年代(エイジ)(下記参照)のうちの3番目(サードエイジ)を全盛期とする肯定的な加齢理論です。ラズレットによれば、サードエイジとは、もともとフランスで比較的健康で活動的な高齢者に学習の場を提供したサードエイジ大学(les universités du Troisième Âgethe Universities of the Third Age)を発端とし、そのまま英語圏に入ってきた言葉です。

ラズレットは、特殊な場合を除き、サードエイジを、一般に退職後の、健康、活力、積極的な態度の維持された年代としています。また、人口高齢化と良好な経済条件を備えた先進国にのみサードエイジが出現すると述べています。

以前は、老化といえば心身の衰退といった否定的な視点や研究が主流でした。ところが、ラズレットのサードエイジ論が出現すると、たちまち先進国間に広まり、肯定的な高齢者研究(たとえば、サードエイジにおける学習などの社会活動の効果)がなされるようになりました。

サードエイジ論では、人生は4つの年代(エイジ)からなります。

ファーストエイジ

セカンドエイジ

サードエイジ

フォースエイジ

 各年代の特徴の概略は、次の『4つの年代 (エイジ)』をお読みください。 

 

4つの年代 (エイジ)

 サードエイジ論を唱えたラズレットは、人生は4つの年代に分かれ、その全盛期は3番目の年代(サードエイジ)である、としています。各年代の特徴の概略は以下のとおりです。 

 ファーストエイジ:依存、社会化、未熟、学習の年代

 セカンドエイジ:独立、成熟、責任、就労の年代

 サードエイジ:個人の達成と充実の年代

 フォースエイジ:最終依存、老耄の年代、死 

 各年代を過ごす人々をそれぞれファーストエイジャー、セカンドエイジャー、サードエイジャー、フォースエイジャーといいます。  

これまでにも、エリクソン(Erikson)の人間発達段階論やマズロー(Maslow)の欲求段階説など、人の生涯全般にわたる発達理論はありました。しかし、過去の生涯発達理論はいずれも、一様に特定の年代になれば次の段階へと発達し続ける、という視点に立ったものでした。そのため、たとえば、同じ年齢の高齢者であっても健康な方々もいれば、認知症等により心身機能が急激に衰えた方々もおられるのを説明することはできませんでした。 

これに対し、ラズレットは、これら4つの年代はどれも誕生日または誕生日を迎える年齢で始まったり終わったりはしない、と強く主張しています。ラズレットのサードエイジ論では、同じ年齢の高齢者であってもサードエイジャーのままの人、フォースエイジャーに入った人、と人それぞれの人生がある、と説明できるのです。 

では、各年代はいつ始まり、いつ終了するのでしょうか。次の『4つの年代 (エイジ) の開始/終了時期』をお読みください。

 

4つの年代 (エイジ) の開始/終了時期

 ラズレットは、ファーストエイジからフォースエイジまでの4つの年代は、どれも一様に特定の誕生日または誕生日を迎える年齢で始まったり終わったりはしない、と強く主張しています。4つの各年代は基本的に個人の選択で始まる(または終わる)というのです。

 たとえば、同じ20歳でも、高校卒業後すでに就職した人(セカンドエイジャー)もいれば、大学生(ファーストエイジャー)もいます。つまり、いつファーストエイジを終え、次のセカンドエイジに入るのかは、各個人が自由に選択して決めています。ところが、退職だけは、各国の年金制度上、特定の年齢(たとえば65)で迎え、年金支給が開始される(いわゆる定年退職)ため、サードエイジは本人の意志に拘わらず定年退職後に始まる、とラズレットは述べています。

 また、50歳代で残念ながら癌などの不治の病で亡くなる(フォースエイジを迎える)方もいれば、90歳代でも健康な(サードエイジを過ごす)方もいます。このように、フォースエイジもある特定の年齢になれば自動的に始まるものではなく、普段からの健康づくり、疾病の予防や早期治療等、努力次第で遅らせることが可能です。

 ラズレットがどのエイジ(年代)も誕生日または誕生日を迎える年齢ではなく個人の選択で開始または終了する、と強く主張したのは、人生がまさに人それぞれであることに着目したためであり、当を得た見解と言わざるをえません。

 さて、各年代をもう少し詳しくみるとどのような特徴があるのでしょうか。人生の最初の年代、ファーストエイジの特徴の説明は、次の『ファーストエイジ』をお読みください。 

 

ファーストエイジ (the First Age)

 ファーストエイジとは、文字通り人生最初の年代で、人の誕生から就学期間を経て仕事に就き始める直前までを言います。親からの養育(依存)を必要とし、親子関係や交友関係等の社会関係を築いて発展させますが(社会化)、まだ自立は達成していず(未熟)、学校で様々なことを学ぶ(学習)年代です。

 ファーストエイジの終わりの時期は個人の選択により人それぞれです。たとえば、ある教育機関(中学、高校、大学/専門学校、または大学院)を中退/卒業した後就職する場合、中退/卒業時点でファーストエイジが終わります。ファーストエイジは、人により、中学卒業までの場合もあれば、大学院修了までの場合もあります。高校卒業後、フルタイムで働きながら大学卒業資格を得るため夜間教育や通信教育を受けている場合は、ファーストエイジと次のセカンドエイジを同時平行で過ごしていると言えます。このように、ラズレットが、各年代(エイジ)の開始(終了)は個人の選択で決まる、と強く主張した理由はここにあります。

 一般にファーストエイジは、発展途上国では短く、先進国では長い傾向にあります。発展途上国では、貧しいがゆえに初等教育(小学校)または中等教育(中学・高校)を中退/卒業して働き始める(セカンドエイジに入る)人々がたくさんいます。そのため、先進科学技術の導入は先進国の高等教育(大学・大学院)を受けた技術者に頼らざるをえず、発展途上国の自国民では技術を発展しえないという悪循環が生じることがあります。

 次に、人生の2番目の年代、セカンドエイジの特徴はどのようなものでしょうか。『セカンドエイジ』をお読みください。  

 

セカンドエイジ (the Second Age)

 セカンドエイジとは、人生2番目の年代で、就職から退職までを言い、子育てを含みます。働き始めるとき、すなわちセカンドエイジの開始時期は、中学卒業後から大学や大学院の中退または修了後、と各個人の選択により様々です。親から精神的にも経済的にも自立(独立)し、成長を遂げており(成熟)、育児や納税等の社会的義務を果たす責任を負い、就労に勤しむ年代です。

 ラズレットは、セカンドエイジについて以下のように述べています。

 

 セカンドエイジは、4つのエイジ(年代)のうちで最も期間が長く、子どもの養育や収入を得て納税の義務を果たす点で最も生産的であり、社会的政治的貢献度が最も高い年代である。また、労働により自国の経済資源を築き、人々や社会が再生産するときである。

 就業は雇用者によりほぼ全面的に押し付けられる。仕事への満足は偶然に過ぎず、生きるため嫌でもその仕事をせねばならず、仕事からの疎外感を感じることもある。そのため、セカンドエイジ中、ほとんどの人は、休暇中、日々の勤務後、週末、休日にしか個人的な趣味に勤しめない。

 ところが、例外的に医師、研究者等の専門家は、雇用者からの押し付けではなく自分の時間に生活の糧を得、セカンドエイジでの成功が顕著であるため、仕事からの疎外感は感じない。また、子どものいる家庭を築くのと同時に仕事を自分で管理できるため、雇用者から使用されているという感覚もない。

 出産と育児は男女共通の営みである。一方、近年、仕事に携わる女性が増えている。とはいえ、子育てを成し遂げて最大の満足感が得られるのは男性よりも女性の方であろう。一般の人々は、キャリアを追求し、家庭を築き、他者に対する権力を得て保持することに個人的な満足感と達成感を得る。

 一日中子育てに明け暮れる親、特に母親が感じる不満は、ちょうどセカンドエイジ期間の仕事からの疎外感と同じなので、女性は外で働く。女性はまず男性と同様に家庭を維持するため、そして追加の出費(子どもの学費、家族旅行、家具の購入)のために働く。子どもが立派に自立したのを見るとき、女性は子育ての成功を感じる。 

 

 ラズレットのセカンドエイジの説明は非常に分かりやすく当を得ています。子育てや就労を終えると、いよいよサードエイジの始まりです。次の『サードエイジ』へどうぞ。

 

サードエイジ (the Third Age)

 先進国では、退職後、高齢期に入っても、多くの人々は長期間にわたって健康的に余生を謳歌し続けます。就学年代であるファーストエイジ、就労・子育て年代であるセカンドエイジに続く、人生の3番目の年代をサードエイジといいます。そしてサードエイジの年代の人々をサードエイジャーと呼びます。

 サードエイジの特徴は

 ・心身ともに健康である

 ・就労の義務なく自由に過ごせる

 ・年金で経済的にも不自由なく暮らせる

 サードエイジ論で有名なイギリスのラズレットは、健康、活発、積極的な態度をもつ高齢者のみがサードエイジを過ごせるとし、サードエイジを人生で最高の充実期であると主張しました。サードエイジとはいわば「人生の全盛期」です。 

 サードエイジは先進国でのみ出現します。発展途上国では、先進国と違って、(1) 医療技術が未発達なため人々の寿命は短く、(2) 工業技術も未発達なゆえGNIも低く退職者に支給する充分な年金も確保できないため、サードエイジが出現しえません。 

 本来、開始または終了時期を個人が選択できるファーストエイジやセカンドエイジと違って、サードエイジだけは国の年金支給制度上決められているため、開始時期がどうしても退職時となる、ラズレットは述べています。そこでラズレットは、サードエイジを、一般に「退職後の人生の全盛期」と定義したのです。

 一方で、ラズレットは、サードエイジ、すなわち人生の全盛期を退職前から体験している特別な人々もいる、と指摘しています。その特別な場合については、サードエイジ論・中級知識の『退職前にサードエイジを迎える特殊な場合』をご覧ください。

 次は人生4番目の年代、『フォースエイジ』の説明です。 

 

フォースエイジ (the Fourth Age)

 年を重ねれば重ねるほど、図らずも加齢が大きく関与する病、たとえば癌、認知症、アルツハイマー病、骨粗鬆症のため、寝たきりとなり、親族等の他者から世話を受けざるをえなくなる可能性が生じます。また、うまくこれらの疾患を免れ、健康で長生き、すなわちサードエイジを長く保ったとしても、やがては老衰となり、人生の終焉を迎えます。このような最終依存老耄の年代、をフォースエイジといいます。

 長寿時代を迎え、元気な老齢期をできるだけ長く過ごし、寝たきりにならずにすっとこの世を去る「ぴんぴんころり」が理想とされるようになりました。この理想をラズレットのサードエイジ論風にいえば、できるだけサードエイジを長く過ごした末にフォースエイジを瞬時に終わらせたい、ということになります。

 ラズレットが挙げたサードエイジの特徴から、フォースエイジの特徴を考えると、

 ・心身ともに、または精神あるいは身体が健康ではない

 ・就労の義務はないが、健康面の不具合のため自立して暮らせない

 ・年金で経済的には不自由はなくても、もはや自ら金銭は管理できない

となり、老耄のため死を迎えるまで身の回りの世話を他者から依存せざるをえない年代、まさしく最終依存の年代ということになります。 

 

参考文献

 

Laslett, P. (1987). The emergence of the Third Age. Ageing and Society, 7. 133-160.

 

Laslett, P. (1991). A fresh map of life: The emergence of the Third Age (paperback ed.). London: George Wiedenfield and Nicholson.